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北京での日々3

2012/03/10
海外ではスリに遭わないよう気をつけるように、
とはよく言われることです。

北京にいた時も、リュックはダメ、
バッグは体の前に持つように、と事前にさんざん聞かされていました。

北京の屋台


それなのに、その日は、近所の市場でお米やら何やらたくさん買いこんだので、
重い荷物に気をとられていました。

すぐ背後に人の気配がして、
振り向くと、
端正な顔立ちの、兄弟とおぼしきウイグル系の少年が二人。

その一人がちょうど肩から下げていた私のバッグのファスナーに
手をかけているところでした。

瞬間、頭に浮かんだのは、
ファスナーが開いてたから、閉めようとしてくれてるのかしら、
というものでした。

その二人は私と目が合うと、すーっと立ち去っていきました。

で、次の瞬間、やっと、
スリだ
と気づきました。

あわてて中身を確かめると…
幸い無事でした。

間一髪、未遂に終わったのです。


「人を見たら泥棒と思え」という言葉がありますが、
スリを親切と勘違いするなんて、
どこまでおめでたくできているんだか…

それだけ日ごろ幸せな環境で
暮らしているということでもありますよね。


また、北京の街角のあちこちで、
物乞いの人たちをよく見かけました。

忘れ難いのは、
幼な子を抱いて大声でおいおい泣き続けていた若い男性。
地面には何やら文字を書いた紙。

奥さんがこの子を残していなくなった、
私はすごく可哀想な身の上だ、
といったことを書き連ねているようです。

三日後に同じ場所を通ったときも、
その男性、やはり子どもを抱いて大泣きしていました。


うわさでは、抱いている子は実の子ではなく、
泣いているのは演技、
そういうことを生業にしているとか・・・


今の中国は、貧富の差がさらに広がっているのでしょうね。
街の様子はどのように変わったでしょうか。


北京での日々1
北京での日々2
もあわせてお読みください。


03070003.jpg

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08:30 北京での日々 | コメント(0) | トラックバック(0)

北京での日々2

2012/01/30
北京には家族三人で滞在していて、
いちばん北京ライフを満喫していたのは、私です(笑)

行った当初こそ心細くて、日本に帰る日を指折り数えていたものの、
半月もすると、平日ひとりであちこち出かけるのが
すっかり楽しみになっていました。


そんなある日、市内の有名な観光地、北海公園に出かけたときのこと。

北海公園


手提げバッグとカメラを持って散策中、
いつの間にか妙に身軽なことに気づきました。

「バッグを持ってない
肩にかけていたはずのバッグがなく、カメラしか持っていません。

バッグをさっき座ったベンチに置いてきたのでは、
と思い当たり、急いで取りに戻りました

その数分間、
フラッシュバックのようにたくさんのことが頭によぎりました。

バッグの中には財布もパスポートも入ってる。
宿舎まで到底歩いて帰れる距離ではないし、お金がなくては帰れない。

交番なんかないぞ。
誰一人知り合いもいないし、
言葉も不自由だから、助けも求められない。

見つからなかったらどうしよう~


そのときに感じた、なんともいえない孤独感。

世界から切り離されたような、
大海にぽつんと一人漂流しているような、
圧倒的なひとりぼっち
の感覚は、日本では味わったことはありませんでした。


バッグは奇跡的に、ベンチの上にそのままありました。
中身も無事でした。


誰かとつながっていることのありがたさ、
居場所のあることのありがたさを
しみじみ感じた出来事です。



こうして皆様とつながれることもありがたいです。
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08:25 北京での日々 | コメント(0) | トラックバック(0)

北京での日々1

2012/01/29
1999年の8月末から12月初めまでの四ヶ月間だけ、
家族三人で中国の北京に住んでいたことがあります。

今や経済発展著しい中国、
北京も十年以上前に私たちが過ごした頃とは
ずいぶん様変わりしたことでしょう。

旅行者としてではなく、
短いながらも異国の地で生活をした経験は、
とても貴重な思い出です。


中国語はかたこと程度しかできなかったのですが、
街ではよく知らない人に声をかけられました。

日本人に比べると、基本的に中国の人はあまり人見知りせず、
フランクでストレートです。

宿舎の近くに自由市場があり、
よくそこで買物をしていたのですが、
ある時その帰り道、
自転車に乗った知らないおばさんに声をかけられました。

何事かと思えば、私が手に提げていた卵の包みを見て、
「いくらだった?」と聞くのです。
値段を言うと、
「あっちの市場のほうが安いよ」と教えてくれて、去っていきました。

日本では、特に東京では、こういうことはあまりないと思います。


また、観光地で、日本から持参したビデオを撮っていたら、
いつの間にか背後にちょっとした黒山の人だかりができていました。

そして、口々に「それどこで買った いくらだった」と聞くのです。

当時はまだ珍しかったんですね。


タクシーの運転手さんも、必ず話しかけてきて、
日本人だとわかるや、
「日本語教えてよ。」
と持ちかけてきたりします。


自由市場のお兄さんも
2回くらい通うと、
「あんたおれの友達だから安くしとくよ
と、なかなか商売上手です。

国営のお店の店員さんは評判通り(?)不愛想でしたが、
自由市場の店員さんはフレンドリーで、
実に生き生きと商売をしていました。

定価というものはないようで、
毎回値段交渉が必要なのですが、
これが結構楽しいのです。

不自由な語学力を補うために、
自然、言語以外の情報伝達手段に力が入ります。

表情、身振り手振りに加えて、
一番大事なのは愛嬌
と実感しました。


日本に戻ってきた当初は、
値切れないのがなんか寂しい…と物足りなく思ったものです。

値段どうこうよりも、店員さんとのやりとりが楽しかったんですね


天安門

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08:01 北京での日々 | コメント(0) | トラックバック(0)
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