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お掃除の効用

2012/03/31
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心がわさわさして落ち着かないとき、ありますよね。

忙しくて、やらなきゃいけないことがいっぱいたまってる。
どうしよう、間に合わないかも、と不安がもくもく黒雲のように沸いてきて、
焦ってかえって手につかないとき。


そんなとき私は、あえて鼻歌を歌います(笑)
これは私にとって、よけいな不安を消して、
心を落ち着かせる効果があるんです。

そしてリズミカルに一つ一つ、
目の前のことに集中して片付けていくと、
大丈夫、ちゃんと間に合うんですね、これが。


私たちは不安や自信のなさが邪魔をして、
本来持っている能力を十分に発揮できないことがあります。

自信は、通常、経験を重ねて、人からの評価も得て、段々についていくもの。

ただ、不安や心配のためにチャレンジできず、
経験すら積めない、ということも少なくありません。


不安や心配は、自分の身を守る大切な防衛本能でもありますから、
ゼロにする必要はありませんが、
よけいな不安はなるべく減らしたいですね。


心を落ち着かせるアイテムや自分なりの方法を見つけるのがおすすめ。
ありきたりですが、私は鼻歌のほかに、片付けとお掃除がそれです。


私は先住犬ナナが亡くなった直後、
いわゆる空の巣症候群になりそうだったのですが、
ぼっーとしているより、体を動かした方が楽と気づき、
家中の片付け、大掃除にとりかかりました。

何日もかけて不要品を処分し、掃除している間は、
そのことに集中していて、頭の中はからっぽ、
無我の境地、ですね。

目に見える形で家中がすっきりした頃には、
心の中もすっきりすがすがしくなっていました。


そのとき、お寺の修行で、お掃除をするのは理に適っているなぁ、
と体感しました。


この頭の中がスカーっとした状態になったときの感覚を
体に覚えさせて、
焦りや不安で心が落ち着かないときに思い出すと、便利です。


それに、なぜか勘が鋭くなり、いろんな場面でタイミングがバッチリ合う、
ということが増えてきたような気がするこの頃です。


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    ↑
今日はお散歩中、牧場のそばを通ったら、牛が二頭、金網越しに大接近
そのあまりの顔のデカさにドン引きのルナでした。


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箱庭は鏡

2012/03/30
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昨日は高齢者施設に出張箱庭に行って来ました。
皆さん初めての体験なので、
最初に簡単にやり方をご説明すると、中のお一人に
「お手本を見せてくれないと、できないわ。」
と言われました。


大人の方、特にご高齢の方は、
正しい箱庭作品、というものがある、
と思われる方が案外多いです。

そこで、好きなものを自由に置いて下さい、
いいとか悪いとかないんです、
とお話しても、なかなか伝わらなかったりします。


これは箱庭に限らず、
何事にも正しい正しくない、
価値の高い低いがあって、
前者はよいが後者はよくない、
という枠組ががっちり固く入っているからのようです。
(もちろん、高齢者の方でも、
伸び伸び楽しまれる方もいらっしゃいますが・・・)


その点、子ども達は、何も説明しなくても、
実に自由に生き生きと楽しんで、箱庭を作っていきます。

ミニチュアを置きながら、物語を語ってくれる子もいます。

砂の中に宝箱を埋めて、その中に小さな宝物を詰めていたり、
家や木々の上から砂を降りかけて、雪景色にしたり。


さまざまに創造性を発揮してくれて、
見ているこちらも楽しくなります。


大人の方でも、箱庭を作る体験を何回か続けていくと、
固いものがほぐれていき、徐々に自由に置けるようになっていきます。

そしてそれは内面の解放にそのままリンクしています。
箱庭が鏡のような役割を果たすところが、妙味です。


関連記事はこちらから
    ↓
箱庭療法のこと
デイサービスで出張箱庭

盆栽も大自然のミニチュア、我が家のサイレントペット。
    ↓
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じっとしていないペットの方は写真がブレて・・・
今日のお散歩の収穫をかじかじ。
    ↓
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ただ在ることの不思議

2012/03/29
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スピリチュアリズムというと、
怪し気なイメージを持たれる方もいらっしゃると思います。

私も昔は心霊現象とかがものすごく怖くて、
テレビ番組でうっかりそういうのを見てしまうと、
夜眠れなくなっていました。


世界を自分の了解できる範囲、
目に見えるものや科学で証明できるものだけに限定すると、
その範疇に収まらないものは怪しいもの、だから怖い。

でも、実はその範疇はとても狭いもので、
私たちが頭で認知しているのは、
ごくごく一部と知るようになって、
いつの間にか、怪しいとは思わなくなりました。


最先端の科学でも、宇宙の虚空は実は無ではなくて、
99.9%は未知の物質ダークマターで満たされている、
といいます。


ほとんどなーんにもわかっていないんですね、私たちは。


もう、ただ在ることの不思議。

それをスピリチュアル、
と今は捉えています。


私たちは舞台の外の世界があるのを知らないで、
舞台の上がすべてだと思い込んでいる役者のようなもの。


命ある間は舞台から下りられないので、
そこでのドラマを堪能し、生き切るよりほか、なすすべはないですが、
舞台の外に未知の世界が広がっていることを
時々思い出すことは、
ドラマをより大切に味わいながら生きる力になるように思います。


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     ↑
毎瞬毎瞬、生きてることが喜びのルナちゃん。
車の中では、お父さんの背中をどんどん押して、ちょっとデカ態度。


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悲しむこと、喪の作業(モーニング・ワーク)

2012/03/28
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一昨日、ヤフーの知恵袋で、
愛犬を亡くして3ヵ月後に、
同じ犬種の新しい子犬を飼い始めたけれど、
どうしても前の子と比べてしまい、可愛いと思えない。
悲しみが癒えるどころか、いっそう増した気がする、
という投稿を見ました。


この方の場合、長く共に暮らした前のワンコに対する思いが深いのに、
十分悲しめないまま(まだ泣いていないとのこと)、
次のわんちゃんを迎えることになったので、
無理もない反応だと思います。


悲しむこと、喪の作業(モーニング・ワーク)は、とても大切なことです。


私の場合は、去年の4月初め、一人娘がお嫁に行った1週間後に、
13年飼っていた愛犬ナナを突然、亡くしました

ちょうどその日、散歩中に夫が
「ナナに万一のことがあったら、sayoはおかしくなるから、
今のうちにもう一匹飼った方がいいんじゃないか。」と言い、
「大丈夫、ナナはまだこんなに元気だもの。」
と笑って答えた、
そのわずか数時間後のこと。

最期は、「キュイーーーーン」と長い長い鳴き声をあけで息を引き取りました。


そのショックから比較的早く立ち直れたのは、
私の場合、素直に泣けたことと、
聴き手に恵まれたおかげだと思います。

数日間は、涙が後から後からあふれてとまりませんでした。
でも、それは苦いものではなくて、温かい泉のようで、
ただただ、ナナにありがとうの気持ちで胸がいっぱいになりました。


そして、まずは悲しみをダイレクトに共有してくれる家族やお友達、
さらに、カウンセリング講座のロールプレイ、
ナナを可愛がってくれたご近所さん・・・

今思えば節操なく(笑)、会う人ごとに話してました。


ありがたいことに、皆さん温かく(時には一緒に泣いてくれて)、
聴いてくださいました。
(私は周囲の人に恵まれていましたが、話す相手は選んだ方が無難かもしれません。)


改めてナナがたくさんの人に愛されていたことを実感し、
人々の優しさに触れられたことは、
ナナからの最期のギフトだと思いました。


そして9か月後のこの1月に、
ナナと外見的によく似た子と出会いました。
それがルナです。

やはり比べてしまうということはありますが、
性格はまったく対照的に違うので、
亡くなった子の代わり、という感覚はありません。


ナナを忘れたわけではありません。
忘れる必要もないと思うので、
これからも心の中にずっと持ち続けていきます。

でも、ルナのこともとても可愛いです。
個性が違うことが、また面白く愛おしいです。



悲しみの深さは、それだけ深く愛したことの証。
それは確かに、幸せなことに違いないのです。


ナナの教えてくれたこと」もよろしければ併せてお読み下さい。
    
    ありし日のナナ
       ↓
 
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今日のルナは、子ども達に「かわいい~」と取り囲まれ、大喜び
       ↓

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07:30 思い出すこと | コメント(2) | トラックバック(0)

未来は選べる 2

2012/03/27
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昨日の記事の続きです。
自分のやりたいようにやろうとすると、周囲とぶつかる、
ということはよくあることですね。

ここで我の張り合いをして、我の強い方が相手を従えると、
一時的にわがままな方が勝ち、に見えますが、
心ならずも従った方は不満がたまり、
幸せなパートナーシップやいい信頼関係は築けません。


周囲と幸せな関係を築くためには、
自分の気持ちを大切にし、同時に相手の気持ちも尊重する。

このときまず私の要求を受け入れてよ、
と言いたくなるのですが、
相手が寛容な場合はともかく、
たいていは同じようにまず自分の要求を聞いてほしい、
と相手も思っています。

ここで、先に受け入れる側に回ると、
相手は受け入れられたと感じて、寛容になってくれます。
遠回りなようですが、この方が結局スムーズにいきます。


自分にとってどちらでもいいこと、譲ってもいいことはこだわらず譲り、
譲れない大切なことは粘り強く貫く。

そのためには日頃から自分にとって大切なことは何かをクリアに見つめる、
ということが必要になってきます。


また、相手の要求を受け入れる際も、
いやいやではなく、自分も楽しめるともっといいですよね。


そして、さらに言うと、ほんとうに大切なことは、
何をやるか、どこへ行くかとかいうことよりも、
そこでどんな感情を味わうか、味わいたいのか、
ということに行き尽くと思います。

旅行に行っても、ずっとケンカしてた、
じゃ、ちっとも楽しくないですもんね。
(私は昔、これよくやってたました


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     ↑
散歩中、出会った小学生の男の子がボールあげるよ、とくれました。
得意げにくわえて持って帰りましたが、帰宅後またたくまに破壊。


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08:30 カウンセリング・箱庭療法 | コメント(2) | トラックバック(0)

未来は選べる 1

2012/03/26


相模川のほとりで河津桜が咲いていました。
可愛らしい濃いピンクの花が青空に映えて、きれいでした。

さて、過去は書き換えられるに続いて、
未来は選べるというお話。


私は以前は、未来は未知なるもので、何が起きるか知ることはできない、
だからなるべくいろんな可能性を想定して、備えをした方がいい、
と思っていました。

これはごく常識的な考えですよね。


確かに、私たちの外側の世界の出来事は、
私たちの意思とは一見関係なく起きます。

たとえ「地震が起きないで。」と私が強く願ったとしても、
起きるときは起きるのでしょう。


ただ、自分で選べることも多々あります。
と言うより、毎瞬毎瞬、私たちは小さな選択を重ねています。
そのことに自覚的になり、
ささいなことでも自分の意思と責任をもって選ぶことで、
人生の質が変わってくる、と私は思うのです。


例えば、私は今日(25日)ものすごく充実した幸せな一日だった、
と振り返ることができます。


朝起きると久しぶりの青空で、盆栽や庭のお花に水やり。
朝食後は気になっていた部屋の整理をして、お掃除。

午後は夫とルナと遠出の散歩。
暖かい日差しを浴びながら河津桜を見て、帰ったら3時のおやつ。

その後、買物に行って、今日買おうとメモしておいたすべての物をゲットし、帰宅。
夜はローズヒップテイーを飲みながらブログを書く。


どれもささいなことと言えばささいなことで、
取り立てて特別な日ではないですが、
毎瞬毎瞬、なんて幸せなんだろうと感じながら、味わいました。

どれもすべて私のやりたいと思ってやったこと。
ささやかながら願いがすべて実現しているのです。

私は私の意志で、やりたいことをやることができる。
思いと行為の間にギャップがない。


ここにギャップが大きいとストレスがたまりますね。

やりたいのにやれない。
やりたくないことをやられされる。
やらなきゃいけないことばっかり。

でも、やらなきゃいけない、やりたくないと思っていることも、
自分の意思で引き受けて、腹を括れば、
創意工夫ができるし、そこから楽しみを見出すことができるかもしれません。

そして、やりたいことはできるだけ自分にやらせてあげましょう。


自分で自分の人生の主導権を握ること。
助手席に乗って運ばれるのでなく、
運転席に座って、自分の行きたい方向にハンドルを切っていい。


この感覚を日常のすみずみにまで行き渡らせると、
いつの間にか、自分の意思で未来を選んでいます。


ただ、自分以外の人との協調性はどうか、
自分の好きなようにやってたら周囲と衝突するのでは、
という疑問は当然沸いてきますね。


これについては明日続きを・・・


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       ↑    
外で思いっきり遊んだ後は、ぐっすりお昼寝。

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08:30 カウンセリング・箱庭療法 | コメント(3) | トラックバック(0)

シンクロニシティに出会うとき 3

2012/03/24
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昨日に続いて、シンクロの例をもう一つ。

先日「過去は書き換えられる」という記事を書きました。
その後、友人えみこさんのブログ「ステキな偶然」を訪問したところ、

オーラソーマのボトルのメッセージが・・・

「経験から学んだ愛の知恵と洞察を分かち合うことができます。
 自分を思いやり大切にすることが、他の人々を愛し受け入れる第一歩だと
 気づいています。否定的な思いを変容し、愛することが難しい自分の側面を、
 愛し受け入れるのを助けます。」

これを見て、まったくその通り、私がこのブログで伝えていきたいことだわ
と嬉しくなっいてたのですが、
その次の記事「思い込み」を続いて読んで、さらに驚きました。

過去を書き換えるちょうど具体的な実践例になっていますので、
3歳の娘に会いに行く」の記事と合わせて、ぜひお読み下さい。


えみこさんとはカウンセリング講座で知り合ったのですが、
話してみたら共通点がいろいろあって、
彼女もソウルメイトだな~と思う人です。


さらに、「過去は書き換えられる」に続いて、
「未来は選べる」という記事を近々書こうと思いつつ、
彼女のブログを覗いたら、
バシャールと本田健さんの対談本『未来は、えらべる!』の引用が・・・
あらまあ、先に書かれちっゃた(笑)


示し合わせたように、同じタイミングで、同じようなことを考えている、
面白いなあ、つながってるなあ、と思わずにはいられません。


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 へえ~、そうなんだ・・・


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シンクロシティに出会うとき 2

2012/03/23
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3月19日の記事に引き続き、今日と明日の二回にわたって、
シンクロニシティシリーズを。


まずは、昨年6月のことです。
朝食後、食器を洗いながら、ふと、
「今日が最期の日だと思って、お茶碗を洗おう。」
という思いが浮かんできました。

何の脈絡もなく、突然にです。
(たぶん4月にナナを突然亡くしたせいもあったのでしょう。)

さらに「今日が最期の日だと思って、お洗濯をしよう。」
「今日が最期の日だと思って、コーヒーを飲もう。」

というふうに、もし今日が人生最期の日なら、
何気ない日常の一つひとつのことがどんなに愛おしいだろう、
という思いが湧き上がり、
ひとりでじーんときて、うるうるしながらお茶碗を洗いました(かなり泣き虫です)。


その後、雑誌『文藝春秋』(2011・7)がテーブルの上にあったので、
パラパラとページをめくったら、
末期医療のお医者様の手記が目に止まりました。

「最高の最期の言葉はありがとう」というタイトル。
1000人以上の、主に末期癌の患者さんの死を看取って来た経験から出る、
深く胸を打つ文章です。

その中で、スティーブ・ジョブズの生前のスピーチを引きながら、
よりよい人生を送り、後悔のない死を迎えるために、
「今日が人生最期の日と思って生きる」ことを勧めておられます。

ここでもシンクロニシティだといたく共感し、また涙。


さらにその後、友人のブログを訪問したら、
その日の記事のタイトルはなんと「最期のことば」(←記事へはこちらをクリック)。

しかも内容もその日の朝、私の頭に突然浮かんだ思いとぴったりで、
もはや、鳥肌が立ちました。


こういうシンクロニシティに出会うと、
見えないつながりを実感して、
あたたかい気持ちに満たされます。


彼女mifoccoさんは、何を隠そう、
私にブログを始めることを勧めてくれた人です。

彼女と出会ったのは二年前のとあるセミナー、
隣の席に座ったことがきっかけでした。

以来、私の人生には今までになかった
新鮮な彩りのページが加わり、
さらに素敵なご縁も増え続けています。


近くに住んでいるわけではないので、
会うのは年に数回ですが、
私にとっては大切なソウル・メイトの一人です。

彼女のブログはこちら、宝石箱のように珠玉の言葉が散りばめられいます
    ↓
やさしいなみだ


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      ↑
ルナはこういう木の枝が大好き、くわえて持ち帰ろうとします。


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神様にいちばん近い場所

2012/03/22
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「猫のしっぽ かえるの手」(NHK)のベニシアさんが大好きです。

京都大原の古民家で、イングリッシュガーデンを作り、
四季折々の花やハーブを植え、
収穫したものを暮らしの中に生かす丁寧な暮らし。

とても美しく素敵で、憧れます。

ベニシアさんはイギリスの貴族の生まれで、広大なお城に育ちましたが、
少女時代は孤独だったとか。
今は一点の曇りもなく幸せそのもののように見えますが、
これまでの人生は決して平坦ではなく、
いろいろ紆余曲折があったそうです。


今朝はベニシアさんの「庭は神様に一番近い場所」
という言葉が心に響きました。


花が育ち、ミツバチが来て、自然の営みが繰り返される庭は、
確かに、宇宙の縮図のような場所ですね。

愛情を込めて育むマイ・ガーデンは、
どこよりも強力なパワースポットになるでしょう。


光だけでなく空気もだいぶ春の匂いがしてきました。
花粉症はありますが、これから庭に出るのが楽しみな季節です。

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    ↑
梅は花が終わって、盛大に葉っぱが出てきました。
でも、この後、教室で短く剪定。ちょっとかわいそうなようですが、
来年花を咲かせるために、必要なことなんです。


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過去は書き換えられる

2012/03/21



「相手に大切にされると、自分を大切にするようになる。」
という昨日の記事の続きです。

子どもの頃に、家族や周囲の人々に大切にされ、
愛されたという実感のある人は、
人を愛することにあまり抵抗がないでしょうが、
そこに傷を持つ人は少なくありません。

「父や母から、ありのままを認めてもらえなかった、
いつももっとがんばれ、と言われ続けてきた。」

「きょうだいの方が愛されていて、
私はあまり関心を持ってもらえなかった。」

そういった思いは、ロールプレイの中でもしばしば吐露されます。

直面している悩みの奥には、
こうした親に対する複雑な感情や
自分に対する無価値観が
潜んでいる場合がままあります。


私自身も、昔からいい子でいないと認められない
という思いや、
母親に対して優しい気持ちになれないことへの罪悪感
がずっとありました。

でも今は、小さい頃の「私」の
悲しかった、寂しかった、怖かったといった負の感情を
「そうだよね、無理もなかった、そう思って当然だよ。」
と、自分自身で受け容れてあげることができます。


そして、母もやはり同じような寂しさを抱えていた、
私が望むような形ではなかったけれど、
そこに愛がなかったわけではなかった、
と思えるようになりました。


胸の奥に滞っていた固い、冷たいものが
涙とともにあたたかく溶けていくとき、
癒しが起こります。


過去はいつでも書き換えることができます。

なぜなら、「私」が事実と思っていることは、
そのとき「私」がそう捉えたことであり、
今、もっと広い視野から見ることができるならば、
また違った景色が見えてくるからです。


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      ↑
散歩中、自動販売機でジュースを買おうとしたら、
くじつきだったので、「当たれ」と念じたところ、
見事「大当たり」でもう1本ゲット、ラッキー


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08:27 カウンセリング・箱庭療法 | コメント(0) | トラックバック(0)

後戻りしない変化

2012/03/20
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昨日は、カール・ロジャースが実際にカウンセリングを行っているビデオを観ました。
ロジャース(ロジャーズの方が正確な発音に近いようですが、言い慣れているのでこちらで)
と言えば、近代カウンセリングの創始者で、
「カウンセリングの神様」とも呼ばれた人です。

わずか30分ほどの間に、クライエントに建設的な変化を促す手腕は
すごい、の一言です。
その難しさを身をもって体験しているだけに、
聴く力、受容する力に改めて感動しました。


ロジャースは言います。
「相手に大切にされると、自分を大切にするようになる。」

ほんとうは一人ひとりかけがえのない素晴らしい存在で、
誰かに評価されてもされなくても関わりなく、自分はあるがままでOKだ、
と思えれば、とても楽に生きられます。

ですが、残念ながら私たちは
物心ついたときから比較、評価され、
競争原理が働く文明社会の中で生きています。

なので、多くの人はこのままの自分ではダメだと思っていますし、
人から認められたいと切望しています。


自分で自分を認めがたくて苦しんでいる人のために、
カウンセラーはクライエントを大切にし、信頼し、
あるがままを無条件に受容していきます。

それはクライエント自身が自己を受容し、
大切にするようになることを促すためです。


カウンセラーに大切にされ、受容されたクライエントは、
自身の否定したい側面も含めて受容し、大切にするようになり、
そうすると人からも大切にされるようになる、
という好循環に入っていくことになります。

そして、これは決して後戻りしない変化なのです。


こちらの記事もどうぞ。
   ↓
感情を感じきる
共感を阻むもの

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   ↑
いつでもあるがまま


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シンクロニシティに出会うとき 1

2012/03/19
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昨日の続きです

日常の中で、私が目に見えないつながりを実感するとき、
その一つは、シンクロニシティに出会うときです。


シンクロニシティとは、日本語訳では「共時性」、
ユングが提唱した、意味のある偶然の一致のこと。

親しい友人の顔が浮かんだとたん、
その友人からメールや電話が来るとか、
気になっているキーワードをいたる所で目にするといったことは、
誰しも経験があると思います。


我が家では、愛犬を連れて夫婦でよく散歩をするのですが、
こんなことがありました。

歩きながら私はたまたま前日、
自分宛に届いた郵便物に貼られていた切手のことを
思い浮かべていました。
「国際インターナショナル華展」の記念切手だったのですが、
(生け花を長年やっているので、印象に残っていたのです)
隣で歩いている夫がふと、
「インターナショナル」とつぶやくのです。

「えっ? 今、インターナショナルって言ったよね。なんで?」
と聞くと、
「わかんない。なんか口をついて出た。」
と言うのです(笑)

もちろん、そのことは話題にしていないし、その郵便物を夫は見ていません。

また、夫は人の名前がなかなか出て来ない人で、
よく「ほら、あれ、あの、誰だっけ?」と私に聞くのですが、
そのとき私の頭の中には人の顔が映像として浮かんできて、
「○○さん?」と言うと、たいてい当たります。

なので、テレパシーは絶対あると信じています(笑)


このシンクロニシティ、
単なる偶然と流してしまうのはもったいない。

そこに必然の糸を見つけることで、
いい流れを引き寄せられることが多いのです。


物事がなんだかあれよあれよとスムーズに運ぶ時と、
いろいろ邪魔が入って、うまく進まない時とありますよね。

これは流れに乗っているか、逆らっているか
の違いだと思います。

私はシンクロニシティに出会ったときは、
ゴーサイン、と受け取って、
深く考えずに直感に従って、行動に移すようにしています。

そうするとたいてい想定外の面白い展開が訪れたりします。

ただ不安や心配で頭がいっぱいの時は、
シンクロニシティに気づかなかったり、
直感が降りてきても「下手な考え」で打ち消してしまうので、
頭で考えない練習がちょっといります。

瞑想法や呼吸法などが広く知られていますが、
カウンセリング関係では「フォーカシング」という
イメージ、感覚に焦点を当てる手法もありますので、
そのうち紹介できればと思います。

時々は頭をしーんと静める時間、持ちたいものですね。


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     ↑
今日もかなり変な寝相・・・


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ハカラメのごとく

2012/03/18
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昨日の記事に書いた「クラウド」、
漠然としていて、ちょっと雲をつかむような話だったかもしれません。

人と人とが目に見えないものでつながっているイメージを
視覚的に表すなら、たとえば上の写真。

「ハカラメ」(セイヨウベンケイソウ)という、
文字通り、葉から芽がどんどん出てくる不思議な植物で、
「マザーリーフ」とも呼ばれるそう。

個々の芽を見ると独立しているけれど、根元は一体なところが、
私のイメージする人間というものに近いです。


ユングの言う「集合的無意識」や、
スピリチュアリズムでいう、
「ソース」とか「ワンネス」とかも、この根元のことを言っている、
という気がします。

個々の芽のところだけ切り離して、
それを「自分」だと捉えると、
取るに足らないちっぽけなもの、
それに対して外界は恐ろしいもの、と見えるかもしれません。

でも、根元で大きなものにつながっていると信じられれば、
安心が増して、心が穏やかでいられるはずです。


明日は、日常のなかでそのつながりを実感するためのヒントについて。

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    ↑
 あけっぴろげで寝てます

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クラウドにつながる

2012/03/17
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一昨日の記事で、自分と他人の領分をわきまえることの
必要性について書きました。

人と人との境界線を見極めることは、案外難しいものです。

肉体は確かに目に見えて境界がありますが、
心は、思考は、どうでしょうか?


人と人は相互に強く影響し合って生きています。
意識している以上に、感情は伝染し、思考も伝播する。

イライラしている人のそばにいると、こっちまでイライラしてくるし、
明るく朗らかな人と話していると、こちらも元気になりますね。

どこからどこまでが自分の感覚、考えなのか、
つながり合っていて、かなり流動的です。


最近、「クラウド」(雲)という言葉がよく目につきます。
ITの世界の用語だそうですが、
とても象徴的な言葉だと思います。

難しいことはよくわからないので、大雑把なつかみですが、
要は、必要な時に必要な機能を「クラウド」にアクセスして利用する、
自分のパソコンにがっちり保有しておかなくてもいい、
ということらしいです。


人と人との間にも、言ってみれば目に見えない「クラウド」があって、
私たちは日頃、無意識にアクセスしているように思います。

ビジネスで成功する人達は、
この「クラウド」へのアクセスを意識的に、
積極的に利用しているのだと思います。


無尽蔵で豊かな「クラウド」、
必要なものは必要な時にこの「クラウド」にアクセスして、
ダウンロードしてくればいい。

そう考えると、「私」の枠はもっと大きくなり、
可能性もぐっと広がるような気がしてきませんか?


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   クマちゃん、らぶ

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花に囲まれてランチ会

2012/03/16
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昨日は、友人Mさんのお誘いで、Oさん宅のランチ会にお邪魔しました。
お花が大好きなOさん、家中、丹精込めた鉢花でいっぱいで、
ため息の出る美しさです

写真はごく一部で、これだけたくさんのお花を常に綺麗に保つには、
毎日のお手入れが欠かせないとのこと。


ご自宅の二階が空いているので、ご近所の皆さんに開放したい、
との趣旨で、先月からこうした交流サロンを月一回、設けていらっしゃるそうです。

そのひと月前、箱庭体験にいらして、
花と緑にあふれたお庭をつくられ、
たくさんの人を招きたいと話しておられましたが、
早速実現されたというわけ。


このように箱庭には、気持ちの整理や思いを明確にする効果があるので、
その後の展開が早くなる、ということがしばしばあるようです。


震災後、ご近所の結びつきが大切と改めて感じ、
新たなコミュニティ作りのために自宅を提供していきたいとのこと。

素晴らしいですね

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手作りのポン酢ジュレを豚しゃぶサラダに載せたものと
鶏とごぼうのたきこみご飯、
豆腐白玉ぜんざいを頂きました。
どれもとっても美味しかったです。

作り方も教えて頂きました。
ポン酢ジュレは、ゆず果汁、すし酢、本つゆをゼラチンで固めるだけ。
お好みでゆず胡椒を入れてもピリッと美味。

豆腐白玉ぜんざいは、白玉粉に水の代わりに絹ごし豆腐を
耳たぶの固さ程度になるように混ぜ、お団子にしてゆでるだけ。


お花に囲まれ、おしゃべりを楽しみながらの美味しいランチタイム。

幸せなひとときを、Mさん、Oさん、
ご参加の皆さん、ありがとうございました。


帰宅すると、大人しくお昼寝して留守番していたルナ、
起き出して、早速遊びタイム(ダンボールの破壊)です。
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変えられないものを受け入れる

2012/03/15
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昨日の続きです

「主よ。変えられるものを変える勇気を、
変えられないものは受け入れる平静さを、
そしてそれら二つを見分ける知恵を私にお与え下さい。」
(ラインホールド・ニーバー)

今日は、「変えられないものを受け入れる平静さ」について。


変えたくても変えられなくてやきもきするものの筆頭は、
やはり人の心でしょう。


人は皆それぞれの「ものさし」を持っています。
そして、往々にしてそれはあくまで
自分基準のものであることに気づいていません。

その「ものさし」で測って、
誰かに変わってもらいたい、変わるべきだと要求する。
でも、その誰かも固有の「ものさし」を持っているので、
その要求は簡単には通りません。

このときイライラや葛藤、ストレスが生じますね。

そこで、「ものさし」が違うんだと気づくと、
相手の考えは相手のもの、
自分の考えは自分のもの、
と区別することができます。

話し合いでその距離を埋めることは可能ですが、
まずは相手の「ものさし」も尊重すると、
話が早いです。


カウンセリング講座のロールプレイの検討会で、
語られた話をどう受け止めたかを率直に発言しあうのですが、
受け止め方、感じ方は実にさまざまで人それぞれ、
ということがよくわかります。

人と人とは大元ではつながり合って、
強く影響しあうものだけれども、
個々人という単位で見れば、一人ひとり違う、
相手の領域と自分の領域をごっちゃにしない。

そうすると、無理に変えようしなくなくります。
違っていてもいい。
その人の思いはその人の思いとして尊重しつつ、
自分の思いも大切にする。

それが「変えられないことを受け入れる平静さ」
を保つコツだと思います。


変えられないものを変えようとして
無駄にエネルギーを浪費するのをやめると、
その分、変えられるものを変えるエネルギーに回せます。

変えられるものか、変えられないものか、
その見極めが大切ですが、
迷ったら、それは自分の領分かどうかを
問うてみるといいかもしれません。



「はあ なにか問題でも
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変えられるものを変える勇気

2012/03/14
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今年はもう咲かないかな、ダメになってしまったのかもと
あきらめていた庭の福寿草が咲いているのを昨日、発見

我が家の庭は、冬は日当たりが悪く極寒で、
ほとんどの植物は枯れてしまうのため、
しばらく水やりもしていませんでした。

それなのにこの福寿草、
もう何年も、他の草花にさきがけて、
ちゃんと毎年咲いてくれます。

すごいですね。
福寿という名に恥じません。

こんな可憐な小さな草花にも、
過酷な環境を耐え抜く、力強い生命力が備わっているんですね。


私たちも、できれば厳しい環境よりは快適な環境にいたいものですが、
恵まれた環境が整うことの方が珍しいもの。
特に、家庭や職場の人間関係など、
逃げ場のない環境で悩みを抱える人も多いですよね。


「主よ。変えられるものを変える勇気を、
変えられないものは受け入れる平静さを、
そしてそれら二つを見分ける知恵を私にお与え下さい。」

アメリカの神学者、ラインホールド・ニーバーの言葉、
私は大好きで、よく思い出します。


変えようと決意すれば変えられること、
意外に多いって、思うようになりました。

その際、ネックになっているのは、
たいてい怖れと不安(単に面倒という場合もありますが)。

こうしたらああなるんじゃないかと、
ネガティブな予想が黒い雲のように次々沸いてきて、
結局やめてしまう、ということありがちですよね。

確かに変化にはリスクがつきもので、
変わらないで済むものなら、そこに留まりたいのが人情。


でも、ちょっと勇気を出して、
思いきってやってみると、
思ってもみなかった展開が広がり、
それまでの場所からは絶対に見えなかった景色が見えてきたりする。


それに予想していた怖れや不安は、ほとんどの場合、
取り越し苦労です。
仮に的中しても、それはそれで、
失敗から学ぶという得難い果実を受け取れば、
結局損はない。


もし、変わりたくてもなかなか変われない、
という思いがあったら、
まずは、小さな一歩から。

今までぐすぐす先延ばしにしていたことを
あれこれ考えずにやってしまうのがお勧めです。

その時感じる爽快感が、きっと次の追い風になります


明日は「変えられないものを受け入れること」について。

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今日のルナの至福タイムは、日だまりでうとうとしながらクマをかじかじ。


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大悲願寺と伊達政宗

2012/03/13
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あきる野市にある大悲願寺。
伊達政宗の弟が出家して、このお寺にいたという由緒正しい古寺です。

境内には白萩がたくさん植わっています。
政宗が弟を訪ねてこの寺に立ち寄ったとき、
見事に咲く白萩を見て、ほしかったのだけれど言い出せず、
仙台に戻ってから、一株分けてほしいという手紙を
飛脚を飛ばして住職に送ったそうです。
そのときの手紙は「白萩文書」と呼ばれ、今も遺っているそう。


独眼竜政宗、勇猛果敢な戦国武将のイメージが強いですが、
ほしいのに言い出せなかったなんて、
意外にかわいいところがあったんですね。

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お気に入りの遠出散歩コースで、ルナは今日が初めて。

昨年ナナと来たときは、
なんと賽銭泥棒に遭遇しました
私たちの姿を見て、未遂で去って行きましたが・・・

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いつ訪れても静かで、心落ち着くお寺です。


ルナはお寺より、こういうところの方が好きかも。
興味津々であたりをキョロキョロ
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不思議な光

2012/03/12
月


今から数年前、娘が二十歳の頃、
小さい頃からのアトピーの症状が悪化して、
辛い日々が続いていました。

彼女の強い意志もあって、
長年使っていたステロイドの塗り薬を断って、
食事療法で治す、と決めたものの、
そのリバウンドは相当厳しいものでした。

全身の皮膚が剥がれて、床に雪のように積もり、
猛烈な痒みで掻きこわし、
夜もろくに眠れぬ日々でした。

熟睡できない彼女のそばで、
私は添い寝し、さすってあげたいけれど、
さわるとかゆがるので、
ただただ早くよくなるようにと祈りながら、
気を送っていました。
(後にそれはレイキと呼ばれるものだと知り、
回路を開いてもらうアチューメントを受けましたが)


そんなある夜、
布団の上に、小さな不思議な光を見ました。
蛍のように点滅するオレンジ色の光で、
それは娘にも確かに見えたのですが、
なぜか夫には「ほら、これ」と指差しても見えないのです。

てっきり蛍かと思い、部屋の明かりをつけてみたものの、
どこにもそんな姿はなく、窓も閉まったまま。
それに蛍の青白い光とは明らかに違っていました。

なんだったんだろうね、
でも確かに見えたよね、といまだに不思議ですが、
一番辛くてどん底の気持ちの時に、
大丈夫だよ、応援してるよ、という光だったのかな、
と今は思います。


応援と言えば、
その暗い先の見えないトンネルの中にいるような日々のさ中、
落ち込む私に夫は、
「必ずよくなるよ。よくなるに決まってる。」
と断言していました。

何の根拠もなかったけれど、
そう言い切ってくれたのは救いでした。


その後しばらくして、
彼女のアトピーは本当に劇的によくなりました。
食事療法が功を奏したのか、
私のレイキが効いたのか(笑)わかりませんが、
夫の予言は実現し、
娘は嘘のようにきれいな肌を取り戻しました。


その時に思ったのは、

絶望は許されない、
どんなときにも、希望を失ってはいけない、

ということでした。

絶望してやけになるのは簡単だけれど、
生きている限り、
明日に向かって希望を持ち続けることはとても大切、
と思わされた出来事です。


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散歩中、通りかかったおばさまに
「あなたハンサムねえ」と
声をかけられました。
女の子ですが、ワタクシけっこうキリッと男前。


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花が咲こうとするから雪が解ける

2012/03/11
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「雪が解けて花が咲くのではない。
 花が咲こうとするから雪が解けるんだ。」
という新聞広告のコピーが目にとまりました。

確かに、先日雪が降った後、
植えたばかりのビオラは大丈夫かしら、
と心配したのですが、
ビオラの周りだけ真っ先に雪が解けていました。

花の命の力が、雪を解かすんですね。


うちの庭は斜面に造ってあるので、
リビングからちょうど目の高さに花壇が見えます。

ある時、ベゴニアの苗がひとりでにむっくり起き上がるのを
目撃したことがあります。

「エエッ」とわが目を疑って、よく目を凝らして見ていたら、
再度むっくり動いたので、見間違いではないと信じています。

風もない日で、あたりに小動物もいなかったので、
花が確かに自分の意志で、自分の力で起き上がったのだと。



今日は、東北大震災からちょうど一年。
このところ改めて被災地の被害の甚大さを報道で知る日々です。

自然の破壊エネルギーのすごさには言葉を失います。
まだまだ復興への道のりは遠く、厳しいもののようです。
身近な家族や知人を失った方々にとって、
悲しみは容易に癒えるものではないでしょう。


それでも、壊滅的な廃墟のがれきを
黙々と片付ける人々の姿に、
人間の復活・再生のエネルギーもまた、
無尽蔵だと知らされます。


花が咲こうとするから雪が解ける

意志のあるところに、光は差す。


私たちはこの手で望む未来を創り出していけます。
今、実現していないからと嘆いて、あきらめるのは早すぎます。

ただそのプロセスにあるだけ。
山も谷もあるそのプロセスを存分に味わうことが
生まれてきた意味、
と私は思っています。


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お父さんの腕の中で、お母さんウォッチングをしている時が
いちばんシ・ア・ワ・セ


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北京での日々3

2012/03/10
海外ではスリに遭わないよう気をつけるように、
とはよく言われることです。

北京にいた時も、リュックはダメ、
バッグは体の前に持つように、と事前にさんざん聞かされていました。

北京の屋台


それなのに、その日は、近所の市場でお米やら何やらたくさん買いこんだので、
重い荷物に気をとられていました。

すぐ背後に人の気配がして、
振り向くと、
端正な顔立ちの、兄弟とおぼしきウイグル系の少年が二人。

その一人がちょうど肩から下げていた私のバッグのファスナーに
手をかけているところでした。

瞬間、頭に浮かんだのは、
ファスナーが開いてたから、閉めようとしてくれてるのかしら、
というものでした。

その二人は私と目が合うと、すーっと立ち去っていきました。

で、次の瞬間、やっと、
スリだ
と気づきました。

あわてて中身を確かめると…
幸い無事でした。

間一髪、未遂に終わったのです。


「人を見たら泥棒と思え」という言葉がありますが、
スリを親切と勘違いするなんて、
どこまでおめでたくできているんだか…

それだけ日ごろ幸せな環境で
暮らしているということでもありますよね。


また、北京の街角のあちこちで、
物乞いの人たちをよく見かけました。

忘れ難いのは、
幼な子を抱いて大声でおいおい泣き続けていた若い男性。
地面には何やら文字を書いた紙。

奥さんがこの子を残していなくなった、
私はすごく可哀想な身の上だ、
といったことを書き連ねているようです。

三日後に同じ場所を通ったときも、
その男性、やはり子どもを抱いて大泣きしていました。


うわさでは、抱いている子は実の子ではなく、
泣いているのは演技、
そういうことを生業にしているとか・・・


今の中国は、貧富の差がさらに広がっているのでしょうね。
街の様子はどのように変わったでしょうか。


北京での日々1
北京での日々2
もあわせてお読みください。


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08:30 北京での日々 | コメント(0) | トラックバック(0)

祈りを集め、光を送る

2012/03/09
夕日

娘の同級生で私のメル友でもあるyちゃん、
中学生の時から難しい病気を抱えていますが、
毎年のように果敢に手術を受け、
着実に完治に向かっています。


今年も一昨日、その手術にチャレンジしました。
遠く離れた地にいる彼女に、
私は気持ちを送ることしかできませんが、
お友達にも呼びかけ、手術の時間、
祈りと光を送りました。


長時間にわたった手術は無事終わり、予後もよいとのこと。

ご家族をはじめ、たくさんの人のあたたかい励まし、
優しさのこもった祈りと光は、
きっと彼女を守護し、大きな力となったことでしょう。


誰かを応援することで、
自分も力が湧きます。

誰かを応援できるときは、出し惜しみせず、
無条件であたたかい気持ちや言葉を送ると、
不思議なことに、
自分がピンチのとき、誰かが必ず力を貸してくれます。


困難な状況のときは、
遠慮なく応援される幸せを噛みしめ、

平穏無事な日々には、
惜しみなく応援できる幸せに感謝する。

そんなことをあらためて思い起こさせてくれた
yちゃんに感謝です。

そして、これからさらに元気になって、
楽しいこと、嬉しいこと、
人生の至福をたくさん味わってほしいなあ、
と思わずにはいられません


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ルナちゃん、午前中珍しくお腹がゴロゴロで調子悪く、
大人しかったのですが、午後には復活しました。


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水郷田名の里

2012/03/08
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相模川沿いの水郷田名、
先代犬ナナとよく来た思い出の地です。
初めてルナを連れて来ました。

あちこちで清水が湧いていて、
家と家の間に水路が流れており、
遊歩道が整備されています。


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久々の暖かさに誘われ、あちこちの庭先で紅梅、白梅が満開。


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お昼は、このレストランのテラスでランチ。
わんこ連れオッケーです。

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河原でこのシーズーくんと仲良くなり、
おっかけっこをして、じゃれあって、
それはそれは楽しそうでした

ルナはどんな人でもわんこでも、あそぼー
と寄って行って、仲良くなる天才です。
みんなに可愛いわねーと言ってもらって、
甘え上手は得ですね


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素敵なアート☆

2012/03/07
揺籃
        「揺籃」

今日は若きアーティストの紹介です。
娘の親友の白倉ゆかさん、素敵な木版画の作品を創っています。

約束の地
     「約束の地」
    
メルヘンチックで幻想的で、
見ていると、ちょっと不思議な世界に引き込まれていくような
素敵な作品ばかりです。
タイトルも、さらに物語を膨らませてくれるような力がありますね。

子守唄
      「子守唄」


白倉ゆかさんの作品が見られるサイトへは、
彼女のブログのリンクから入ると便利です。

Wisper of star
http://kukkuru13.exblog.jp/

ぜひアクセスして、webギャラリーで、しばしごゆるりとご鑑賞を


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今日のルナのお散歩は水郷田名へ。
気持ちのいい里です。明日の記事で紹介しますね


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08:30 日々のつれづれ | コメント(0) | トラックバック(0)

原風景は海

2012/03/06
海

子どもの頃、海のそばで育ちました。
なだらかな美しい海岸線が遠くまで続いていて、
きれいな小石の浜辺は楽しい遊び場でした。

小石は一つ一つ色も模様も形もさまざまな、
地球のかけらのようで、
一日中眺めていても飽きることがありませんでした。

ぼーっと寝転がっていると、
寄せては返す波の音が、呼吸の音にそっくりで、
地球は息づいている、生き物なんだ、
と体全体で感じたものです。


海岸線からいきなり深くなっているため、
遊泳禁止の海でしたが、
美しいので、遠方から来て知らずに入って、
命を落とす人が毎年のようにいました。


見ているだけで心が晴れ晴れする広々とした海、
でも同時に、海面の下は深くて暗くて、
一切窺い知ることのできない未知の世界。

その深い深い見えない海の底を想像して、
一人で怖くなったりする、変な子どもでした。


美しさと怖さを同時に感じさせる風景、
それが私の原風景で、
瞼を閉じるといつでも、
帰ることのできる懐かしい風景です。



怖いもの知らずのルナは、
この子達の後に会った柴犬くんにも寄って行って、
いきなり首をカプッと手荒いあいさつを受けました。
でも、全然めげてませんでした
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07:40 思い出すこと | コメント(0) | トラックバック(0)

和顔愛語

2012/03/05
チューリップ


ルナを連れていて、得だなあと思うのは、
たくさんの笑顔、優しさに出会えることです。

ルナを見て、通りすがりの人々が
優しい眼差し、和やかな笑顔、あたたかい言葉をかけて下さるのです。

その方の一番素敵な表情を見せて頂いて、
こちらもほんわかあたたかい気持ちになります。

「和顔愛語」という言葉が頭に浮かんだので調べてみたら、
仏さまの教えで「無財の七施」という、
地位や財産が無くてもできる施しを説いたものだそうです。

ルナのおかげで、七施の中の
眼施(慈愛の眼差しで見ること)、
和顔施(優しい笑顔で接すること)、
愛施(愛のある言葉をかけること)を頂いているのですね。

これなら私もすぐお返しができると思いました。


おととい散歩で出会った御夫婦に、
「ゴールデンと柴のミックスかな?」と言われました。
確かに耳を折ってみると・・・

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ゴールデンに似てるかな。


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違うからこそ面白い

2012/03/04
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昨日はちょっと曇りでしたが、久々に秋川までお散歩。
白鷺がいました(上の写真では小さすぎて見えないかな・・・)


川岸で出会ったビーグルくん、
三歳だそうです。

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ルナは年下のくせに、アグレッシブに遊びに誘います。
ビーグルくん、ちょっと引き気味。

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本当にわんこも個性さまざまですね。
勝気な子、怖がりの子、おっとりした子・・・

一頭、一頭ユニークな存在で、
違うからこそ、面白い。
違うからこそ、それぞれ愛しいですね。


人に対しても、そんな余裕のある目で見られると、
悩みが少なくてすむと思います。

イライラや怒りを感じたら、
無意識に相手に自分と同じ感覚や考えを要求していないか、
見直してみると、ストレスが減ります。

違って当たり前、
共感できたらラッキー
ぐらいが、人との心地よい距離ですね。


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インプットもアウトプットも

2012/03/03
かっぱ淵


1月21日から始めたこのブログ、
今のところ一日も休まず、続いています。

短い文章とは言え、
自分でも予想外のことです。

思いに形を与えることが、
こんなにも楽しいことだとは。

書きたいことが次々に泉のように溢れてくるのは、
たぶん、今までいろんな本を読んで得てきた知識や
経験から学んだことなど、
インプットしてきたものが飽和点に達したからだと思います。

そろそろアウトプットしたかったんですね。


エネルギーは循環することが自然なので、
インプットもアウトプットも、
両方必要。

滞りなく流れがスムーズな方が、
心身ともに楽です。

ただ停滞しているように見えるときも、
それはエネルギーを蓄えている時期。

十分に充電して、
アウトプットのタイミングを待てばいい。


エネルギーを放ち、受け取り、循環する。

そのなかで共鳴し、響き合うとき、
魂が震え、喜びを感じます。

そんな喜びをまだまだたくさん味わいたくて、
自分の世界を少しずつ広げているところです。

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じっくり聴くこと

2012/03/02
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昨日は娘夫婦とルナを連れて、遠出のお散歩。
公園には、前日の雪がまだ残っていました。

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帰宅後は、娘の話を聴くカウンセリングタイム。
仕事上の悩みに耳を傾けます。

こういう時、カウンセリングの勉強をしていてよかったなあ、
とつくづく思います。

聴いていくうちに目に見えて元気になっていくので。

周囲にはなかなか話せない、と娘は言います。
なぜなら、たいてい意見されてしまい、
(もちろん善意からですが)
話を十分に聴いてもらえないから、と。


本当に相手の身になって、じっくり話を聴くということは、
とても難しいことです。

親身になって聴くほど、気持ちも同調してしまうので、
聴く方も苦しくなってしまい、
早く楽になるよう、どうしても口を挟みたくなるのです。


カウンセリングでは、基本的にアドバイスはしません。
答えはクライエント自身が見つけていくもの、
カウンセラーはとことんクライエントの味方になって、
そのサポートをする、というスタンスです。


講座では、毎回未熟さを実感する日々ですが、
「お母さん、話聴いてくれてありがとう。
すごく元気になった
という言葉に、私もまた元気をもらったのでした。

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わんこは不思議に、
必要な人のところに寄り添って、癒してくれるものですね。
        

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大雪で大はしゃぎ!

2012/03/01
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昨日は朝から雪が降り、こんなに積もりました

ルナを雪の中に出してみると、
案の定、ものすごく喜んで、
雪の中で飛び跳ねて、大はしゃぎ

これは塀を飛び越え、
お隣の庭に侵入しようと企んでいるところ。
(この後、取り押さえられ、未遂に終わる)
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とにかく、おてんばで、目が離せませんが、
外で派手に遊んだ後は、室内でよく昼寝してくれます。

人間の子どもと一緒ですね。

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